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大阪高等裁判所 平成6年(ネ)2836号 判決 1995年11月01日

主文

一  一審被告の本件控訴に基づき、原判決中一審被告敗訴部分を取消し、一審原告の一審被告に対する本件請求を棄却する。

二  一審原告の本件控訴を棄却する。

三  訴訟の総費用は一審原告の負担とする。

理由

第一  当裁判所の認定、判断は次に付加、訂正するほかは、原判決の「理由」一ないし五の記載(ただし、原判決三一枚目裏四行目から同七行目までを除く。)と同一であるから、これを引用する。

一  《証拠改め略》

二  原判決一七枚目裏七行目から同八行目にかけての「成立に争いのない甲」を削除し、原判決一九枚目表五行目の「ことからすれば」の次に「(もつとも、右の四月一〇日に始めて外出したとの点は、その後、当審での一審原告本人尋問で前記認定に合わせて供述を変更しているが、右尋問の結果によつても、その際に一審原告が自宅に手を入れた疑いを払拭できない。)」を加える。

三  原判決二三枚目表一〇行目の「証人中村敏夫」を「証人中村敏男」と、同二六枚目表七行目の「被告の第一二肋骨」を「一審原告の左第一二肋骨」とそれぞれ改める。

四  原判決二八枚目表一一行目から三〇枚目裏九行目までを次のとおり改める。

「本件についてこれをみるに、その捜索差押の経緯は、前記二1(一)(1)ないし(4)及び(二)の(1)ないし(4)認定のとおりであるが、これによると、本件捜索差押令状の被疑事実は覚醒剤取締法違反であり、松島らは捜索着手以前から一審原告には覚醒剤取締法違反の前科があることが判つていたこと、松島らは、表玄関で二、三回、裏玄関に回つてからも二、三回はドアを叩き(以上につき、更に証人松島雅人の証言)、自己らが警察官であることも告げた上、一審原告に開扉を求めたのに、一審原告は在室したにもかかわらず開扉しようとしなかつたこと、そこでやむを得ず裏側の勝手口ドアのガラスの一部を破つた上、その破れ目から手を差し入れて開錠して室内に立ち入つたことが認められる。

本件のように薬物犯罪容疑で捜索を受ける者は、その対象物件である薬物を撒き散らして捨てたり、洗面所等で流すなど極く短時間で容易に隠滅することができるから、この種の犯罪においては、証拠隠滅の危険性が極めて大きく、また捜索を受ける者が素直に捜索に応じない場合が少なくないのも顕著な事実であることを考慮すれば、本件においてある程度の緊急性が認められたことは明らかであり、その際、松島らがガラスの一部損壊以外に適当な手段を持ち合わせていたことを認めるに足りる証拠もなく、また、松島らにおいて殊更性急に事を運んだことを窺わせるような証拠もない。また、そのガラスの破壊方法、程度等も相当性を超えるものではなく、加えて、前記認定のとおり、松島らは入室後速やかに一審原告に対して捜索差押令状を示しているのであるから、これら一連の事態の推移の下でみると、松島らのなした本件ガラスの損壊行為は、当時の事情に照らして概ね適切にして妥当なものといえ、これをもつて、必要やむをえない限度を逸脱した違法なものということはできない。

もつとも、前記認定事実によれば、松島らはガラスの損壊行為に出るまでに令状を示さなかつたことは勿論、捜索差押令状の執行のために開扉を求めるものであることを告げなかつたことも明らかであるが、本件の場合、ガラスの損壊ないし開扉後でなければ右令状を示すことができなかつたことは明らかであるし、一審原告に対し開扉を求める趣旨、理由を告知することが望ましかつたことは勿論であるとはいえ、前記状況にかんがみると、それが告げられたからといつて必ずしも一審原告による任意の開扉が期待し得るような状況にはなかつた(少なくとも松島らにおいてそう考えたとしてもやむを得なかつた)ものといえるから、その欠缺のみを理由に本件のガラスの損壊行為を違法とすることもできない。

そうであれば、本件におけるガラスの損壊行為は正当行為として違法性が阻却されるものというべきである。」

第二  以上によれば、原判決のうち、一審原告の一審被告に対する本件請求を棄却した部分は正当であり、これを一部認容した部分は相当でないから、一審原告の本件控訴(第二八三六号事件)は理由がなく、一審被告の本件控訴(第二八四八号事件)は理由がある。

よつて、一審被告の本件控訴に基づき原判決の一審被告の敗訴部分を取り消した上、一審原告の第一審被告に対する本件請求を棄却し、一審原告の本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条、九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田殷稔 裁判官 熊谷絢子 裁判官 小野洋一)

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